夜、布団に入ると日中のささいな失敗が浮かんでくる、将来のことを考えると不安でいっぱいになるなどで眠れなくなることがあります。睡眠導入剤を利用するとくせにならないかなど案じるのですが、こうしたとき、「精神と体の状態が深くつながっているとする漢方の考え方に則った改善方法もあります。ケアのひとつとして知っておくとよいでしょう」と話すのは、漢方専門医で臨床内科専門医、また消化器内視鏡専門医である吉田クリニック(大阪府八尾市)の吉田裕彦院長。詳しく聞いてみました。
取材協力・監修
吉田裕彦氏
臨床内科専門医。消化器内視鏡専門医。漢方専門医。糖尿病療養指導医。大阪府内科医会理事。八尾市医師会副会長。医療法人朋侑(ほうゆう)会吉田クリニック院長。内科、消化器科、漢方外来。
医療法人朋侑会 吉田クリニック:大阪府八尾市山本高安町2-1-3
■不安で眠れない人は、体力がない「虚証」のタイプ
まず、「クヨクヨ、ウツウツと思い悩んで寝つけなくなる人には、体質や体格に特徴があります」と言う吉田医師は、次のように説明をします。
「漢方では体質を『証』と呼び、大きく分けて、体力や病気に対する抵抗力がある『実証(じっしょう)』と、体力や抵抗力が弱い『虚証(きょしょう)』に分類されますが、不安があって眠れなくなるのは『虚症』の人に多くみられます。
漢方では、たとえ同じ症状のように見えても、その人によって原因も対処法も異なると考えます。その差は個人の体質によって生じるため、体質を判断することは漢方による診断の基本と言えます。市販の漢方薬のパッケージには、この薬はこれこれしかじかのタイプの人に向きます、といった表記があります。漢方薬を選ぶにはまず、自分の『証』を知るようにしましょう」
不安で眠れないタイプは虚証ということですが、吉田医師はさらに特徴を伝えます。
「虚証の人は体型が細めできゃしゃ、また元気がない、顔色がすぐれないなどの弱々しい外見を持ち、声が小さい、寒がり、疲れやすいといった特徴もあります。細かいことが気になる、ものごとを否定的に考えがちという性質の傾向は体質から生じているとも言えるでしょう」
■クヨクヨ不眠の改善は、寝る前の習慣を変えることから
不安で眠れないのは体質に原因があるとのことですが、体質を改善すると寝つきが良くなることが望めるのでしょうか。吉田医師は、こうアドバイスをします。
「眠れない原因はさまざまです。たとえば、食事の時間が不規則、栄養バランスが悪いなどの食生活の乱れ、運動不足、飲酒、また、寝る前にパソコンやスマートフォンを操作していた、刺激が強いホラー映画を観たなどで脳が興奮状態にあると、なかなか眠気がこないこともあります。
ですから、眠る2時間ほど前からは脳に刺激を与えないためにこれらをしないようにして、静かに穏やかな心持ちで過ごせるよう、習慣を変えてみましょう。たとえば、クラシック音楽を聴く、眠る前に適した軽いストレッチやヨガをする、ハーブティを飲みながら読書をするなどがよいでしょう」
性格や体質をなんとかしようと考えるとまた悩んでしまいそうですが、その前に、生活習慣を変えるほうが効率的かもしれません。また吉田医師は、「寝室の環境も重要です」とした上で、次のように具体的に指摘をします。
「たとえば、枕が高い、布団が重い、寝室が明るい、もしくは暗すぎる、テレビの音が聞こえてくるといったことも眠りに影響します。我慢をしたり、放っておいたりせずに、自分にあった寝具を選び、家族の協力も得て、明るさや静けさを調整して快適に眠れる環境をつくりましょう」
■虚証で精神不安がある人に向く漢方薬
生活習慣も環境も整えたのに、なかなか眠ることができないと深刻な気分になります。
「そうしたときは漢方薬の力を借りるのもよいでしょう。西洋医学では眠れないとなると睡眠導入剤が処方されることがよくあります。これはその名の通り、薬の力で眠りにつかせるものですが、漢方ではいわゆる『眠くなる薬』はありません。『眠くならない原因を改善して眠れるようにする』 という働きを期待して薬が処方されます」と吉田医師。
ではここで吉田医師に、「眠り」を改善する代表的な漢方薬で市販もされているタイプを挙げてもらいました。
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加味帰脾湯(かみきひとう)
…虚弱体質で心身が疲れ、血色が悪い人の不眠、精神不安、貧血の改善に。寝汗、微熱、熱感がある場合にも向く。
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柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)
…体力がなく貧血気味、口の中が渇きやすく、動悸(どうき)や息切れがあり、神経過敏な人の神経症、不眠症に。微熱、寝汗があるときにも向く。
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桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
…体力が中等度以下で疲れやすく、神経過敏で興奮しやすいが神経質、不眠症、神経症、眼精疲労などの症状があるときに。
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酸棗仁湯(さんそうにんとう)
…体力が低下して、心身が疲労している人の不眠の改善に。神経症、自律神経失調症の不眠の治療にも用いられる。
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加味逍遙散(かみしょうようさん)
…体力が中等度以下でのぼせ感があり、肩がこる、疲れやすい、精神不安やいらだち、不定愁訴がある更年期の女性に向く。ストレスによる頭痛やめまい、不眠など心身の不調に。
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半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
…体力は中等度ぐらいで、のどや食道に何かがつまった感じの症状(漢方では「ヒステリー球(梅核気。ばいかくき)」と呼ぶ)があり、ストレスや精神不安、神経性の胃炎、動悸、めまい、吐き気などの不調に。
吉田医師は漢方薬を試すにあたり、次のアドバイスを加えます。
「西洋医薬の睡眠導入剤とは違い、これらの漢方薬は飲んで即効性があるものではありません。複数の不調を改善しながら眠りを改善していくものです。また、西洋医薬のように薬への依存は起こりません。
自分の体質がわからない、薬の説明書を読んでもよくわからないことも多いでしょう。そんなときは薬局の薬剤師に相談するか、漢方専門医を受診してください。また2週間ほど漢方薬を服用しても眠りが改善されない場合は、ほかに病気が潜んでいることもありますので、心療内科か精神科を受診しましょう」
なかなか寝付けないとき、「不眠症」という病名が浮かび、ますます不安になって眠れないことがあります。しかしながら、眠れないのは性格ではなく体質に原因があると考え、悲観せずにまずは生活習慣、睡眠環境を改善したうえで、漢方薬を試すのもひとつの方法だということです。
(取材・文 堀田康子 × ユンブル)